■児童精神科■

数日前の朝日新聞に、興味深い記事がありました。(以下抜粋)

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「子どもの心」専門医養成 虐待・不登校に厚労省方針

子供への虐待や不登校など、深刻化する子どもの心と発達の問題に対応するため、厚生労働省は全国的な医療体制の整備に乗り出す方針を固めた。専門医不足から児童相談所や学校などで十分対応できていない上、表面化する前にケアが必要なケースにも手が届いていなかった。そのため専門家を養成し、心療科目も新しく設け、身近な病院でも早期に医療を受けられる方法を探る。3月上旬までに検討会をつくり具体策を新年度中に出す予定だ。

児童虐待で保護される件数は、02年度に8369件あり、99年度の倍数近くに急減した。だが、専門医が少なく対応できない児童相談所も多い。また、不登校、発育障害、ひきこもり、摂食障害などを抱える乳幼児から10代が増えている。

しかし、精神科の分野では、子どもも診られる精神科医は全国で200〜300人。小児科では、発達障害を診る小児神経科医も300人程度だ。このため、子どもの専門外来がある医療機関では、初診を受けるのに2、3年待ちという事態が起きている。

厚労省は検討会に精神科や小児科の医師らを集め、具体策を探る。子どもの心を専門的に診てきた病院で医師を研修させ、出身病院や小児科医院に戻って診療を始めてもらうことを想定。子どもの精神医学についての講義が少ない大学カリキュラムの見直しも検討する。

問診やカウンセリングに時間がかかり、患者数がこなせないため現在の医療制度では保険点数が稼げないなど、医療機関にとって収入が安定しない問題も課題となる。

4月から施行される「発育障害者支援法」でも、早期発見のため専門医の育成を求められていた。

<あいち小児保健医療総合センター・杉山登志郎心療科部長>
不登校や虐待、発達障害などの専門外来を設けているが、初診待ちが3年を越えるケースも出てきた。根底には発達や心の問題がある場合が多く、早期治療が重要になっている。欧米では、児童精神科医師1人に20歳未満の人口は5000〜5万人だが、日本では推計で10万人超と大幅に遅れている。早急な整備が求められている。
(1/31, 00:06)
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この記事を読み、メンタル・ヘルスの分野における日本とアメリカの違いを痛烈に感じました。アメリカでは、精神科医(MD)だけでなく、心理学者(Ph.D.またはPsy.D.)、ソーシャル・ワーカー(テキサスではLCSWやLMSW)、カウンセラー(テキサスではLPCまたはLMFT)が、メンタル・ヘルスに携わることのできる専門家とされています。これは、児童精神科においても同じです。これらメンタル・ヘルスの専門家が協力し、知識を交換・提供しあって、1人1人のクライエントを助けるのです。私が修士課程で最初にしたインターン先(里親を斡旋する社会福祉サービス・エージェンシー)を例にとって、子どもの心のケアがどのように行われるのか見てみると・・・。

(1)児童虐待の結果、児童保護局によって親元から引き離された子どもがエージェンシーに委託されてくる。
(2)エージェンシーが契約している里親家庭(フォスター・ファミリー)の中から、子どものニーズに合った家庭を選び、受け入れ手続きをする。
(3)精神科医、心理学者によるアセスメント、診断が行われる。
(4)必要に応じて、精神科医が処方箋を出す。
(5)心理学者、臨床ソーシャル・ワーカー、またはカウンセラーが、セラピーやカウンセリングを行う。必要に応じて、個人のみのセラピー・カウンセリング、兄弟姉妹のセラピー・カウンセリング、家族ぐるみのセラピー・カウンセリングを行う。
(6)ソーシャル・ワーカーが、子どもと家庭に必要な福祉サービスを提供する。
(7)ソーシャル・ワーカーが、最低でも月に2度(必要に応じて回数も増やす)、子どもと家庭訪問を行い、経過を調べる。(子どもが家庭に適応できているか。里親一家が子どもとうまく接しているか。子どもが学校や課外活動にうまく適応できているか。など) 里親とは、最低毎週一度、電話で連絡を取り合う。
(8)2週間に一度すべての専門家が集まり、クライエントの経過を報告しあう。意見交換が行われ、必要であれば改善のためのプランを立てる。

アメリカでは、精神科医がセラピーやカウンセリングを行うことは稀です。精神科医はあくまでもMD(医師)であり、主な役割は医学的立場からの診断と「薬の処方」であるからです。子どもの発達・精神・学習障害などの治療は、臨床心理学、カウンセリング、そして臨床ソーシャル・ワークの範疇です。上記のエージェンシーでは、精神科医は薬の処方・調合のみを行っており、アセスメントと診断は心理学者(Psy.D.)、セラピーとカウンセリングはカウンセラー(LPC)、福祉サービスの手配・提供はソーシャル・ワーカー(LMSW)といったように、それぞれの専門家がそれぞれの専門知識を応用し、他の専門家と協力し、1人の被虐待児を助ける努力をしているのでした。

私は、心の問題を「医学・精神医学モデル」のみに委ねることに対して違和感を感じています。「正常、ノーマルとは何か?」という問いを医学・精神医学モデルで見たとき、答えは「病理のない状態」です。つまり、問題が"ある"のは「異常」になってしまうのです。このモデルからいうと、心の問題を抱えている人その本人が「異常」ということになります。

私は、メンタル・ヘルスを「正常」「異常」と分けて考えることができません。精神状態というのはそのようにきっかり分かれているものではなく、継続的なものであるからです。物事がすべて順調な時は、精神的にも余裕があります。しかし、日常のストレスや、かわいがっていたペットの死など、環境的要因によって私たちの心は乱れることもあるからです。精神状態がいつもは正常な範囲にある人が、いとも簡単に異常の域に陥ることがあります。心の問題は、その人本人だけの問題ではありません。環境的要因が、その人が持っているストレスに立ち向かう強さを越えた時に、問題となるのです。また、そういった心の強さは、成長の過程において、環境の影響を受けて形成されます。

ソーシャル・ワークでは、bio-psycho-socialの立場をとります。bioはbiology、つまり私たちの体。psychoはpsychologyで、私たちの心。そして、socialはsociety、社会・環境。これら三つは、切り離すことができない、という考え方です。これらは相互に影響しあっているのです。この考え方からいえば、心の問題を治そうとする時、問題を抱えている人だけを見ていても何も解決をしません。「木を見て、森を見ず」の状態だからです。問題を抱えている人を取り巻く人々、そして環境も含めて治療していかなくてはならないのです。「朱に交われば赤くなる」ということわざがあります。例えば、被虐待児がセラピーに来たとします。セラピーによって子どもの状態は良くなるでしょう。しかし、問題の解決していない、虐待の行われている家庭に子どもを帰したら、どうなるでしょうか?同じ状況に逆戻りなのです。

このHPのあちらこちらで書いていますが、ソーシャル・ワークはperson-in-environment professionと呼ばれています。「環境の中に生きる人に働きかける専門分野」という意味です。人は環境の中に生きている。環境は人に影響を与える。それならば、人・環境の両方に働きかける、bio-psycho-socialモデルが「自然」に見えてきます。

-参照:朝日新聞記事-
http://www.asahi.com/national/update/0131/001.html  

(SWN Blog: 2/4/05掲載)