■里親制度■

アメリカでは、子どもを虐待から保護し、里親へ入れるプロセスはどうなっているのでしょうか?

修士課程最初のインターン先の里親斡旋エージェンシーで実際に携わったケースを例にとって見てみたいと思います。なお、プライバシーのため登場する全ての名前は変えてあります。

=メアリーのケース=

里親斡旋エージェンシーに連れてこられた時、メアリー(仮名)は3歳でした。メアリーのケースは、児童保護局からエージェンシーに回されてきたのです。メアリーは一人っ子で、実の両親と共にトレーラー・パーク(解説:トレーラー・ハウスを住居とし、そういった人たちが集って暮らしているコミュニティーのことをこう呼びます)に生活していました。メアリーはとてもかわいらしく活発な女の子で、色黒な肌に真っ黒な目、そしてきれいな茶色の髪の毛をしていました。「まるで、チビッコ・スターみたい」とみんな口をそろえて言うほど、かわいらしい女の子でした。メアリーの祖母が近所に住んでいてよくメアリーの面倒を見ていましたが、忙しくなったために、母親はメアリーをデー・ケア(保育所)に通わせざるをえなくなりました。メアリーの母親は近くにある州のお役所で秘書をしており、収入もなかなかなものでした。メアリーの父親はパートの仕事を好きなときにだけする生活をしていました。

デー・ケアに通い始めた頃、メアリーの母親は保育士に、「メアリーはまだトイレの訓練が完全にできていないので、パンツ・タイプのオムツをはかせている」ことを告げました。また母親は、「メアリーは自分でオムツを履きかえることが難しいようなので、手助けしてあげなければならない」ことも保育士に付け加えました。ある日保育士がメアリーのオムツを取ってきれいに拭いてあげている時、膣の入り口あたりにボールペンのインクがついていることに気付き、ビックリしてしまいました。保育士はそっと上司を呼びに行き、オムツを取り替えるためにねっころがって絵本を読んでいるメアリーには聞こえないように状況を伝えました。上司がデー・ケアのマネージャーに急いで連絡を取って状況を伝えたところ、児童虐待ホットラインに通報することになりました。メアリーの通うデー・ケアから児童保護局のオフィスはそんなに遠くなかったことから、保護局員はすぐにやってきました。保護局員は、夕方メアリーの家を訪問することを保育士に伝えました。

その日の夕方6時半ごろ、保護局員はメアリーの家に電話をかけ、これから家庭訪問する予定であることを伝えました。到着後、保護局員は両親に「児童虐待ホットラインに通報があった」ことを知らせると、メアリーの両親は驚きを隠せないようでした。メアリーの部屋で母親に同席してもらい、保護局員はメアリーと話をすることになりました。母親に手伝ってもらい、メアリーの洋服をまとめ、メアリーにパジャマを着せました。保護局員は母親にボールペンのインクのことを話しました。母親は「メアリーが自分でそんなことをしたに違いない」と言い張りました。「状況がきちんと調査されるまで、メアリーを保護する必要がある」ことを、保護局員は両親に伝えました。母親がメアリーの荷物を詰めている間中、父親は側で「政府のやり方が気に食わない」とか「明日朝一番で弁護士を呼んでやる」とわめき散らしていました。

翌朝、メアリーのプレイスメント(子どもの身の置き場のこと)に関して、児童保護局からキリスト教系のエージェンシーに連絡が入りました。エージェンシーのスタッフは、スミスさん(仮名)の家がメアリーにピッタリではないかと伝えました。スミスさんは30代後半の夫婦で、2人の間には9歳と7歳の実子(男の子)がいます。スミスさんはエージェンシーと契約を済ませていて、里親としてメアリーを受け入れる準備も万全であることから、エージェンシーはメアリーをスミスさんを里親に決めました。LOC(レベル・オブ・ケア:子どもに必要なケアの質)の評価がこの段階ではなされていなかったため、メアリーはひとまず「基礎レベル」と決められました。

メアリーはスミスさんの家が気に入ったようでしたが、トイレや風呂場を極端に怖がって行こうとしません。連れて行こうとするたびにヒステリーを起こすのです。そのため、メアリーはいつもおもらしをするのでした。そこで、エージェンシーのケース・ワーカーは、「メアリーの部屋に置ける、大きいサイズのオマルを買ったらどうか」と提案しました。また、ガレージにおけるサイズのビニール・プールを用意して、メアリーのお風呂代わりに使ったらどうかと伝えました。メアリーは常に台所のシンクに用意してもらった洗面器で歯を磨いていました。

スミスさん家にやってきてからの3日間、メアリーの行動はどんどんと悪化して行きました。スミスさん家の男の子2人に対してだけでなく、ペットにまで暴力的な行動を取るようになったのです。家にあるお人形の頭をもぎ取り、ばらばらにしたりしました。ただ、メアリーが大切にしている2対の人形だけには手をつけませんでしたが、そのうちその二体の人形を使って「セックス・ゲーム」をするようになりました。メアリーは毎晩悪夢にうなされ、家族中が飛び起きてしまうほどの悲鳴を上げるのでした。メアリーの行動はまるで、手に取るもの全て、身近にあるもの全てを傷つけようとしているようでした。

ある日、スミスさん一家は近くの市民プールに遊びに行くことにしました。そこで、メアリーは2歳の子どもを溺れさせようとしたのです。近くにいた監視員は、メアリーが自らその子どもに近づいていき、水の中に無理やり押し込んで放そうとしなかった、と状況を説明しました。何故そんなことをしたのかと尋ねられたメアリーは、「だってあの子私に『あんたうるさい』って言ったの。」と言いました。プールの責任者はスミスさん一家に、「もしプールに来たいのなら、メアリーは絶対に連れてこないように」と伝えました。

メアリーはたった一秒でも目を放すことのできない子どもでした。常にスミスさんが監視していなければならない状況だったのです。スミスさんは途方に暮れ、とても疲れてしまいました。メアリーのLOCはいまだ「基礎レベル」のままであったため、カウンセラーはまだ割り当てられていなかったのです。 

ケース・ワーカーは、メアリーに役立つかもしれないいくつかの提案をしました。メアリーはスミスさんのお家がとても気に入っている様子で、その逆も然りでした。メアリーは次第に家族のみんなと打ち解け、まるでそこが自分の本当の家であるかのようになりました。ケース・ワーカーは、「メアリーをできるだけ甘やかし、食事時以外は哺乳瓶で飲み物を与えること」を提案しました。スミスさんはケース・ワーカーの提案を試し、さらにメアリーに特別な毛布も用意してあげたのでした。それから数日たって、メアリーは落ち着きを取り戻し始めたのです。

児童保護局のオフィスで行われる実の両親との各週の面会後、決まってメアリーは取り乱すようになりました。メアリーの父親は次第に面会に来なくなりました。面会の度に、スミスさんの家に変えるとメアリーは「赤ちゃん返り」をするので、両親との面会は月2回に減らされることになりました。

3ヵ月後、メアリーはようやくトイレとお風呂場にいけるまでになりました。しかしそれはフォスター・マザーが一緒に付き添ってあげる時だけに限られていました。お風呂場で初めてお風呂に入るとき、メアリーのためにフォスター・マザーはいい匂いのするバブル・バスを用意してあげたのでした。お風呂に浸かりながらメアリーは突然、「あっち行け!見たくない!!」と叫びながら、水面をバシバシと叩き始めました。驚いたフォスター・マザーは、どうして水面をそんな風に叩くのかメアリーに尋ねると、「だって、パパのおちんちんが見えるんだもん。」とつぶやきました。

スミスさんやカウンセリングよりも、メアリーが助けを必要としていることは明白でした。児童保護局はメアリーをしばらく州立病院の児童病棟に入れることを決めました。スミスさん一家は週に3〜4回メアリーを見舞い、毎週木曜日にはスミスさんを含めたスタッフミーティングをエージェンシーのケース・ワーカーと共に開いて、メアリーの今後について話し合いました。毎週金曜日、ケース・ワーカーはメアリーと昼食を共にしました。メアリーを里親家族であるスミスさんの家に帰すことで、全ては進められていきました。メアリーは2ヶ月入院し、スミスさんの家に戻りました。メアリーの行動は目に見えてよくなり、最終的にLOCは「中度」と定められました。それから毎週1回、エージェンシーにおいて心理療法を受けていくことになったのです。 

メアリーの実の両親に対する調査が進められていくうちに、メアリーの母親は「認めたくはないけれど、夫がメアリーに虐待をしていたとしか考えられない」と言うようになりました。裁判所での審問会が行われることになり、里親であるスミスさんも出席することに理解を示しました。メアリーの祖母までもが、メアリーを虐待していたのは父親に違いないと証言をしました。審問会にはエージェンシーのケース・ワーカーやメアリーの臨床心理学者も出席し、裁判官の前でメアリーについて言及をしました。審問会は幾度となく繰り返され、裁判官は実の両親のメアリーに対する親権を剥奪することを決定し、父親を起訴するとしました。

それから一年も経たないうちにスミスさんはメアリーを養子に迎え入れました。今日メアリーは8歳になり、いくつかの問題をまだ抱えているものの、専門家の助けを得ながら、幸せで安全な家庭ですくすくと成長しています。

-----
メアリーのケースを見てみましたが、どのように感じられたでしょうか。虐待のケースに対してどのように児童保護局が介入し、里親に入れられるか、大雑把にでも理解していただけたかと思います。

少し追記をすると、
○ メアリーに見られた虐待のサイン
  ・ トイレット・トレーニングが、年の割りにうまく行っていない
  ・ 膣の入り口にボールペンのインクがついていた
○ フォスターで生活をするようになってからの、メアリーの行動に見られる過去の虐待のサイン
  ・ 暴力的な行動をする
  ・ 人形でセックス・ゲームをする
  ・ トイレ・風呂場に対する異常なまでの恐怖心
  ・ 他人・物に八つ当たりをする、など

○ メアリーのケースのように、子どもが一時的に親元(虐待の加害者)から離されることになると、子どもの親権は州に委ねられます。詳しく言うと、子どもそれぞれに保護局のワーカーが割り当てられ、言ってみればその子どもの監督者になります。英語ではTemporary Managing Conservatorといいます。子どもの行く末は虐待の程度や家庭の状況によっても変わってきます。保護局はなるべく子どもを保護者のもとに戻すべく努力をしますが、保護者の方で改善が見られなかったり、その家庭に子供を返すと更なる虐待の恐れがある場合は、フォスターに留まらせたり養子を考えたりと、ほかの方法を考えます。虐待の程度などによって子どもと保護者との面会なども制限が課されるのですが、上記のように、全ては裁判所による審問会で決められるようです。

○ 子どもを養子に迎えるためには、子どもに対する実の両親の親権が全て剥奪された状態でなければなりません。里親の状態では親権は、ほとんどの場合、まだ実の親に親権あるのです(一時的に州に親権を委ねられていますが・・・)。上記のお話でスミスさんがメアリーを養子にしたという子とは、メアリーの実の両親の親権は全て剥奪されたということを示します。