■難民と人的取引の現状■
「難民」とは?
連邦政府・難民委員会(U.S. Committee for Refugee)によると、難民とは「人種、宗教、国籍、ある社会集団に属している、または政治的意見のために迫害される恐れがあり、国籍を有する国に帰ることのできない人々」を指します。亡命したり、自国に帰ったり、または自国を追い出された人々は、2002年だけで世界中に198万人いるといわれています。そのうちの1%が、最終手段として第三国に永住する結果になっています。
「移民」と「難民」の違い
移民と難民は、まったく違った性質を持っています。移民は「志望移民者(voluntary
migrants)」であるのに対し、難民は「不本意の移民者(unwilling
migrants)」です。志望移民者は、自分で永住国を決めることができるだけでなく、いつでも自国に戻ることができます。一方難民は、余儀なく自国を退去させられ、認められた国に否が応でも定住しなくてはなりません。
それでは、人はどうして移住をするのでしょうか?それには二つの力が関係しています。「引っ張る力(Pull
Forces)」と「Push forces(押し出す力)」です。人々はよりよい生活、よりよい収入、よりよい教育の機会を求めて他国に移住をします。中には政治的、宗教的自由を求めて移住する人たちもいます。この人たちは他国にある「機会」に引っ張られて移住をする志望移民者、すなわち「移民」です。一方、戦争や迫害から命を守ることが最優先になり、移住せざるを得ない人たちもいます。自国から押し出され、他国に住まざるを得なくなった人々は「難民」と呼ばれます。この場合、人々は自国で生命を脅かす経験をしているだけでなく、移住した国に順応するため多大な努力を強いられることになります。
アメリカにいる難民
2002年、アメリカの保護下に置かれた難民、亡命者は64万人に上りました。アメリカに永住を認められた人々は2000年には6万8千5百人であったのに対し、9・11のテロに伴って2002年には2万7千百人に減少しました。しかし、世界的に見てアメリカは、今でも難民受け入れ数が多い国の1つです。アメリカ人の10人に1人は移民・難民と言われており、難民では特に東南アジア出身者が多数を占めています。1983年以降、ベトナム、カンボジア、ラオスから17万人以上の難民を受け入れ、現在もそれらの国々から多くの人がアメリカに移り住んできています。
わたしが住むテキサス州はどうでしょう・・・?テキサス州は、ニューヨーク州やカリフォルニア州に次いで、難民受入数が多い州の1つです。毎年約5000人の人々がテキサス州に定住しています。その中でも東南アジアからの難民が多数を占めていますが、近年ではアフリカからの難民が増えています。
「人取引」とは?
いかなる理由で移住をすることになっても、人々は他国での成功を夢見てやってきます。しかし多くの場合、強制労働や詐欺に合い、セックス産業や工場などの劣悪な条件下、奴隷のように働かされる例があとを絶ちません。これは「人取引(human
trafficking)」と呼ばれます。連邦政府・難民委員会(U.S.
Committee for Refugees)によると「人取引」とは、「国内、国境を越えて行われる人の輸送、密輸、売買などの行為全般」を指し、かつ「強制、暴力、誘拐、詐欺を使って、強制的に売春をさせたり、工場で働かせたり、負債を負わせたり、奴隷のように扱う行為」を言います。
難民は自国でさまざまなトラウマ(戦争、処刑や殺人を目にするなど)を経験しています。他国へ危険な方法(例えば、ボートで海を渡ってくるベトナムのボート・ピープルなど)で移住をしてくる人々も多くいます。このことから、難民は精神的・身体的な問題を被りやすいのです。また、移住する前、途中、そして移住後に犯罪や暴力に巻き込まれるケースも少なくありません。
「人取引」は、移民・難民を受け入れている全ての国が抱える社会問題であり、人権問題です。人々は、社会的、経済的成功を求めて移住をします。「人取引」は、そんな人々の夢を利用した悪質な行為なのです。グローバライゼーションの影で、人取引の犠牲になる人々は増え続けています。世界中で、「人取引」の犠牲者は年間70万人以上いるとされています。アメリカだけで、100万人以上の人々が劣悪な状況下で奴隷のように働かされています。毎年約5万人の女性や子ども達がセックス産業などに送り込まれているのです。
「人取引」は、世界中で起こっている「現代の奴隷労働」です。しかし、文化的価値観、社会的体勢、政治経済の違いから、人取引を取り締まる画一的な法律を作ることが難しいのが現状です。こういった状況が、人取引の温床の場となっているのです。
これまでアメリカでは、人取引に関わる人への法的な規制がありませんでした。そのため、人取引の犠牲者だけが不法滞在や違法な行為(売春など)で厳しく罰せられてきました。多大な利益のわりにリスクが少ない人取引は、大きなビジネスと化しており、年間に70億から100億ドル(7000億から1兆円)の儲けがあると言われています。
人取引、暴力の被害者保護法とは?
「人取引、暴力の被害者保護法(Public Law
106-386: Victims of Trafficking and Violence
Protection Act of 2000)」は、2000年10月に制定されました。議会から圧倒的支持を受け、クリントン前大統領が調印して通った法律です。この法律の最大の目的は、「連邦政府の介入により、セックス産業・奴隷労働のために人を利用する人取引を根絶し、暴力を防ぐ」ことです。人取引を「利益が少なく、リスクの高い」ビジネスにすることが、第一の目標です。
「人取引、暴力の被害者保護法」は3つの項目に分かれており、3つのPから成り立っています。
・予防(Prevention): 国内外における人取引を予防する。
・保護(Protection): 人取引の犠牲者に、保護と援助を与える。
・起訴(Prosecution): 人取引に関わった人を追及し、起訴する。
項目A:国内外における人取引の予防
この法律は、国内外における人取引を予防すべく、制定されました。人取引が国際的な問題であることから、アメリカから経済援助や安全保障を受けている国々全てに対し、人取引に関するガイドラインを設けました。それらの国々は基準に従い、「人々が人取引の犠牲にならないよう経済的機会を増やし、人取引の温床となる原因を根絶する努力」をしなければならなくなりました。
その最低基準は、
(1) 人取引行為を調査、追及し、起訴すること
(2) 人取引犠牲者を保護し、加害者の起訴に協力してもらうこと
(3) 他政府と協力し、加害者の起訴をすすめること (加害者の引渡し、出入国管理などを含む)
(4) 人取引に加担した国、政府を追及、起訴すること
これらの基準に従わない国は、アメリカからの経済制裁や教育・文化交流プログラムの自粛となることがあります。また、アメリカ大統領には、国際機関(例えばIMFなど)に働きかけ、経済・政治的制裁を加える権限が与えられています。
項目B:人取引犠牲者への保護と援助
項目Bは、「女性に対する暴力を禁止する法(Violence
Against Women Act of 2000)」とも呼ばれており、暴力から女性を守るための法律、「1994年制定、女性に対する暴力を禁止する法(Violence
Against Women Act of 1994)」を改定したものです。この改訂版では、合法・違法滞在に関わらず、暴力を受けた移民、難民の女性を保護し、援助を与えると定めています。
人取引犠牲者も、認められればアメリカに「難民」としての永住が許され、連邦政府または州政府から援助を受けられるようになりました。それらのベネフィットには、社会保障制度(Social
Security)、メディケイド(Medicaid:低所得者のための医療扶助制度)、タニフ(TANF:子どものいる低所得家族のための扶助制度)、フード・スタンプ(Food
Stamp:生活扶助のための食料品割引切符)などが含まれます。また、人取引犠牲者の家族も、アメリカに滞在する許可が下りるようです。
項目C:人取引加害者への起訴
これまでは加害者を取り締まる厳しい規制がありませんでした。この法律によって、人を奴隷のような状況において働かせたり、その目的で誘拐、強制をした場合、20年以上の服役と罰金、ケースがひどい場合には終身刑も適用されるようになりました。
人取引根絶のためのプログラムに、最初の年に政府は95百万ドル(約10億円)を割り当てました。また、2000年から5年間、被害者保護・支援のために33億ドル(約4000億円)を援助することにしました。2001年には111件のケースが調査され、34人の加害者が起訴されました。この数字は前年の4倍に当たります。
ソーシャル・ワークと人取引問題
難民は精神的にも身体的にも問題を抱えやすい人々であるゆえに、犯罪や暴力に巻き込まれることが少なくありません。「人取引」は、人権を侵害する行為です。アメリカ国内、そして世界中で、多くの人々が人取引の被害にあっています。
ソーシャル・ワーカーとしてできること・・・。それは、まず、人取引が重大な社会、人権問題であると認識し、社会に問題提起することです。そして同時に、被害者が身の安全を確保し、安心して生活できるよう、援助の手を差し伸べることでしょう。