■ソーシャル・ワークの職業倫理■

人と直接かかわる職業には必ず職業倫理(Code of Ethics)が存在します。職業倫理は、その職業に携わる人々の行動の指針となります。

Loewenberg & Dolgoffは、職業倫理が果たす役割を5つ述べています。
(1)
To provide practitioners with guidance when faced by practice dilemmas that include ethical issues.
 (倫理に反する状況に直面した際、従事者に解決の方向を示す。)
(2)
To protect the public from charlatans and incompetent practitioners.
 (無資格、不適格な従事者から公共の福祉を守る。)
(3)
To protect the profession from governmental control.
 (政治的な制約から職業を守る。)
(4)
To enable professional colleagues to live in harmony with each other by preventing the self-destruction that results from internal bickering.

 (内輪揉めによる職業の自壊を防ぎ、同業者間の職業関係を円滑にする。)
(5) To protect professionals from litigation; practitioners who follow the Code are offered some protection if sued for malpractice.

 (職業を訴訟から守る。--職業上の不正行為により訴えられた際、職業倫理に沿った上での判断であれば、従事者は守られることがある。)

それぞれの職業に設けられた職業倫理には、
(1) To articulate the values of the profession.
 (その職業が有する価値観を明確にする。)
(2) To indicate the highest level of professional behaviors.
 (最も倫理的に正しいとされる専門家としての行動を示す。)
(3) To give examples of of high integrity and unethical behavior.
 (最も倫理的に正しい行動、また倫理に反する行動の例を提示する。)
(4) Does not include all unethical behavior, but indicate guiding principles.
 (倫理に反するすべての行動を提示はしていないが、職業の基となる行動の模範基準を提示する。)
といった目的もあります。

簡単に言えば、職業倫理は、その職業に携わる人が「してもよいこと」「してはいけないこと」の境界線を引くのです。「してもよいこと」のガイドラインは、その職業の価値観に基づいて「してもよい行動」の基準を示すことになります。

ソーシャル・ワークの職業倫理は、全米ソーシャル・ワーカー協会(National Association of Social Workers)によって定められており、アメリカでソーシャル・ワークに従事する者はそれに従うことになります。
(原文・全文をご覧になりたい方はこちらへ。)

全米ソーシャル・ワーカー協会によるソーシャル・ワーク職業倫理(NASW Code of Ethics)は、1960年に制定されました。時代にそって人々のニーズも、それに伴うサービスも変化・多様化してきたため、1996年に改訂が行われました。1996年版のソーシャル・ワーク職業倫理は、主に6つのセクションから成り立っています。では、それぞれのセクションを簡単に見てみましょう。

(1) Standards related to the social worker's ethical responsibilities to clients.
 クライエントに対する、ソーシャル・ワーカーの倫理責務の基準: ソーシャル・ワーカーの一番の責任はクライエントに対してである。クライエント自身の決断力を尊重し、プライバシーや守秘義務を守らなければならない。いかなる差別、(心理的、身体的、性的)虐待、ハラスメント、性的関係を禁止する。無資格、不適格なソーシャル・ワーカーからクライエントを守らなければならない。等
(2) The social worker's ethical responsibilities to colleagues.
 同僚に対する、ソーシャル・ワーカーの倫理責務の基準: ソーシャル・ワーカは、同僚に敬意を持って接しなくてはならない。専門家間で守秘義務を守らなくてはならない。チーム・ワークを発揮し、協力し合わなければならない。ハラスメントや性的関係はあってはならない。ソーシャル・ワーカーとして無資格、不適格な同僚に対し、責任をもって対処しなければならない。等
(3) The social worker's ethical responsibilities in practice setting.
  業務全般に対する、ソーシャル・ワーカーの倫理責務の基準: クライエントのニーズを的確に評価し、それに沿ったサービスの提供、請求をしなければならない。サービスの質を維持するため、トレーニングや生涯教育を提供しなければならない。等
(4) The social worker's ethical responsibilities as a professional.
 専門家としての、ソーシャル・ワーカーの倫理責務の基準: いかなる差別や違反などを犯してはならない。職業上の責任を果たさなければならない。誠意を持ってサービスを提供しなければならない。等
(5) The social worker's ethical responsibilities to the social work profession.
 ソーシャル・ワークという専門分野に対する、ソーシャル・ワーカーの倫理責務の基準: ソーシャル・ワークという専門分野の成長と発展のために、全力を傾けなければならない。サービスに関係のある政策に積極的に目を向けなければならない。等
(6) The social worker's ethical responsibilities to the broader society.
 一般社会に対する、ソーシャル・ワーカーの倫理責務の基準: 一般社会の福祉のため、社会問題に積極的に取り組まなければならない。社会にはびこる不公平を正すために、法整備・政策などにも携わらなければならない。等

つまり、ソーシャル・ワーカーは、(1)クライエント、(2)同僚、(3)業務全般、(4)ソーシャル・ワークという専門家、(5)ソーシャル・ワークという専門分野、そして(6)一般社会に対して倫理的責任があるということになります。専門家として責任を持ち、同僚と協力しながら、専門知識・技術を駆使して、人々そして社会全体の福祉のために努力を惜しまない・・・。職業倫理は、その目標を達成するための指針を示すものだといえます。

また、Sheafor, Horejsi & Horejsiは、ソーシャル・ワークという職業には主に7つの倫理的義務があると述べています。
(1) Principle of the protection of life (生命保護の原理)
 --ソーシャル・ワーカーは、人々・社会の基本的なニーズ(食料、住い、衣服、医療、雇用、収入、福祉サービスなど)の確保のため努力しなければならない。
(2) Principle of equality and inequality (平等・不平等の原理)
 --平等な立場にいる人々は皆、平等の機会が与えられなければならない。不平等な者同士(たとえば、親と子供)の場合は、細心の注意を払い、立場の弱い者(=子供)を優先的に保護しなければならない。児童虐待を通報するのは、「危機にある人を保護する」という倫理義務(1)の生命保護の原理に沿って行われる。
(3) Principle of autonomy and freedom (自主性、自由の原理)
 --クライエントの自由を尊重し、自主性、自立を促すよう、サービスを提供しなければならない。クライエントや周りの人々の生命に危機が及ぶような場合は、自由は制限されなければならない。たとえば、クライエントが自殺をほのめかしたり、殺人の計画を口にした場合には、倫理義務(1)の生命保護の原理にのっとって、ソーシャル・ワーカーは、(クライエントの自由・自主性を制限することになっても)介入しなければならない。
(4) Principle of least harm (最小限の損害の原理)
 --クライエントに対し、もっとも損害の少ないサービスを選んで提供しなければならない。
(5) Principle of quality of life (生活水準の原理)
 --クライエント、地域社会の生活水準の改善、維持に努めなければならない。
(6) Principle of privacy and confidentiality (プライバシー、守秘義務の原理)
 --クライエントのプライバシーを守らなければならない。ソーシャル・ワーカーには、クライエントの情報を他に開示してはならない義務がある。しかし、クライエント自身や周りの人々の生命に危機が及ぶことが明確な場合(たとえば、自殺や殺人の予告など)は、守秘義務が破られることがある。そのような状況において、ソーシャル・ワーカーにはduty to warn(警告の義務)があり、警察等に通報しなければならない。
(7) Principle of truthfulness and full disclosure (信頼、完全な内容開示の原理)
 --ソーシャル・ワーカーは、クライエントに対して誠実な態度を示さなければならない。クライエントや周りの人々に対し、すべての適切な情報を提示しなければならない。

法律(Law)は最低限守らなくてはならない条件または規範を定めるものですが、倫理(Ethics)は「理想の行為」そのものを指します。法律に触れる行為には法的処分が伴います。同様に、職業倫理に反する行為には、法の下で罰せられることがなくても、その職業での資格剥奪などの処置がなされることになります。